ボクとキミのアイダには

疑わしきは
standard

数字と理想と恋はあせらず
次元

ヒトリブン
赤+青=白


ボクとキミのアイダには

「笑いの視力」

松本人志はずっと昔からこんなことを言い続けている。
何かを例える時には遠すぎてもダメ、近すぎてもダメ、
笑いにはその絶妙の距離感がある、ってことだ。


もう10年以上も前の話。
「ごっつええ感じ」という番組の1コーナー、ゲストは渡辺徹だった。
小さい頃、彼はもらった賞状を全部ところせましと部屋中に画鋲で貼っていた
という感じのエピソードを話していた。
「賞状を画鋲で刺すんかい!!」と速攻ツッコんだのは浜ちゃん。
その後すぐの松っちゃんのツッコみはこうだった。

「冷麺はじめました、やないねんから」

当時の自分にとって、絶妙な距離ってのはここだった。
遠くも近くもない。
ちょっと赤茶けた厚紙の感じすら、見えた。






サンサン時代、京都から大阪への移動中の車の中。
メンバーで次にやる新曲の話をしていた。
俺にはまだみんなに聞かせていない、作りかけの曲があった。

「いい感じで中間とれたような曲かなあ」

ゆういちはどんなのあるの?と聞かれた時の俺の答えだった。
ただ、メンバーはなんだか腑に落ちない顔をしていた。
中間、って言葉が悪かったのかもしれない。
もしくは言葉の中に含まれる「狙った」感がしゃくにさわったのかもしれない。

「中間ってどういう意味だ??」

少し怒ったように聞かれた。
つられて俺も少し熱くなって自分が思う「中間」を説明した。
大衆性、芸術性、ポピュラリティ、マイノリティ、ロック、ポップ、
いろんな言葉を使ったと思う。
ただ、思いの半分も伝えられたかどうかはわからなかった。
今にして思えば、その「絶妙の距離感」って話をきっとしたかった。


その後、その曲は「空色フォーク」というタイトルでリリースした。

題名にいろんな思いを込めていた。






最近、笑いの視力という言葉を久しぶりに見た。
雑誌の松本人志単独インタビューだった。
懐かしいなと思いながら読んでるとこんな一言に出会った。

「僕らはその中間をやっていかないけない仕事やねんなー
 っていうのはすごくありますけどね」

だいぶ前の記憶をたどって自分の中で「中間」って言葉がリンクした。
なんだかちょっと嬉しかった。

賛成のミルクティーをごくりと飲んだ。






お笑いと音楽は、似てるところがけっこうある。

「視力」の話はメロディにおいてもそのまま使えると自分は思っている。
ドレミファミレド、あまりにも単純でみんなが聴いたことあるようなものは
もしかしたら近すぎるのかもしれない。
ドから2オクターブ上のド、次は1オクターブ下のド、
今までまったく耳にしたことないようなものは
新しいかもしれないけど、遠すぎるかもしれない。

いつも自分が意識してるのはその絶妙な距離感だ。
「中間くらいをやっていかないけない仕事」だと改めて強く思う。
そして、確信に変わる。




今まで、いろいろ聞かれたけど、
〜になりたいって、のはなかった。
ユニコーンも奥田民生もpinkopinkoも、好きだけど。
なりたいとは思わなかった。

「音楽界の松本人志」

自分にしかわからない表現で
なりたいものが見つかった気がしたよ。



                           かしこ





今日は昨日の続きだと

大昔のおっさんがあまりにも言うので

じゃあ明日は今日の続きなんだろうなと

少し問いかけて 

寝た







目が覚めると

今日が昨日の続きであることは

すっかりと忘れていて





明後日が明日の続きじゃない方が

いくらかラクだった




                           かしこ



疑わしきは

野球をずっと見続けていると
サッカーの審判のアバウトさには、正直けっこう驚く。

リプレー再生が頻繁にある中継やと
1試合にまあ2回はミスジャッジ的なものがあると言ってもいいくらい。
でも選手もその辺はいい意味でアバウトで、
明らかなミスジャッジには多少抗ってはみるものの
覆らないことを知ってるから、数秒後にはおとなしく自分の持ち場に戻ってる。
暗黙の了解が、そこにはきっとあるんだろうな。

野球にももちろん、そんな誤審はある。
ただ野球にしろサッカーにしろ、そんな時に解説者が言うセリフは
だいたい決まってる。


「まあ、審判も人間ですから。」






小学校だか中学校だか、社会の授業で
先生が黒板に大きくこう書いていた。

「疑わしきは、罰せず」

どれだけ疑わしくても、証拠がなければ罪には問われないということだった。
なんだか腑に落ちなかった。
それじゃあ犯罪を犯してものうのうと生きているやつらがいっぱいいるじゃないかと。
事件の数と犯人の数が合わなくなるじゃないかと。

でも大人になって、ちょっとづつ世の中を知っていくと
その意味と意図が、なんとなくわかってきた。
そうせざるを得ないところも
きっとあるんやろうって思うようになった。





「後を絶たない冤罪」

っていう特集を昨日テレビでやってた。
ちょっとあの頃の社会の授業を思い出した。

でも、「冤罪」が「後を絶たない」のは
本当はものすごい事なんじゃないかと思う。
疑わしきを罰しないのは、冤罪が0じゃないと意味ないんじゃないか。
極端なことを言えば、
例え犯人を10人取り逃がしたとしても、冤罪者を1人出したらダメだと俺は思う。

犯人を捕まえて罰すること、と
無実の人を罰しないこと、では
後者の方が俺の中ではてんびんは重い。








「人間のすること」で許されること、

一体、どれぐらいあるんだろう。




                           かしこ
                      


standard


この前、テレビで

ビートたけしが言った一言で、爆笑した。

爆笑できた。

なんだろ、すごく嬉しかった。



強かった親父が、やっぱ強いんだって思えた

そんな感覚だった。



もう1回見た。

もう1回、腹抱えて笑った。

で、少し泣いた。





俺がアホみたいにメロディにこだわるのは

たぶんきっと、そんな理由だと思う。



                            かしこ




最近、嬉しいニュースが多い。

結婚のお手紙、出産の報告、妊娠のお知らせ。
自分の周りでこの1年は特に多かった。
そしてそのほとんどが旦那さんか奥さん、どっちかが俺と同い年らへん。
自分もそんな年なんだと、事実として、現実として改めて思う。
そんな年だよ。



そういえば昔からちょっと変わってるのか、
俺は人の「のろけ話」が大好きだ。
まあたぶん、変わってるんだろう。

例えば、そんな話が始まると

「はいはい、もーいいよー、ごちそうさん。」

とか言って、必ず誰かしらがツッコんで話をさえぎるんやけど
「実はもうちょっと聞きたかったのになー」と
いつもちょっと思う。

やっぱ変かな、おれ。



なので、妊娠・出産のニュースは人一倍嬉しい。
もちろん自分に近い人の話やけどね。
自分は俗に言う「いい人」ではないし
それを気取るつもりも毛ほどもないけど
まあ嬉しいもんはしょうがない。

そんな知らせが多いんです。最近。
結婚の予定も何もまったくない自分にとっては
羨ましいなとは思うけどね。






人と人が出会って、愛し合って。
そのうち神様の奇跡的な力で、そんな二人に愛の結晶が生まれて。
2+1。
この2から3への変化、ものすごいことだ。
いろんなものへのヨーイドン。
楽しいことばかりじゃないかもしれない、
「あがり」がどこにあるかもわからない、
そんな長い長ーーーいすごろくの「ふりだし」。

あせらずいこーぜ。




2つの点を結ぶと、線になる。

でも点が3つなら、面になる。

4つ5つ、増えれば増えるほどそれはだんだん円に、

輪に近づいていく。



いつか俺も、君らに負けない素敵な○を創るよ。




                           かしこ



数字と理想と恋はあせらず

今日はちょっと大人の時間。

・・・なんつってもエロい話というよりはちょっと「考え方」の話に近いんかな。
まあ、話の題材は上品なものではないけど、
話のオチがそこにいかないのがこの左脳セットのいいところでもあり、
そして、臆病なところでもある。
うふふ。



ちょっと前に、テレビで劇団ひとりがおもしろいことを言っていたのさ。
男女の経験人数の話。
そう、ここがちょっと大人の話ってとこね。

「もし仮に、世の中の男性の経験人数が平均5人だとしたら
 女性の方の経験人数はどれぐらいになると思いますか??」

テレビの向こうから急に言われた。あわててちょっと考えてみた。
でも空気を察した松ちゃんが「んー、女性の方がちょっと多くなるんかなあ」とすぐ答えた。
あー、そうかもしれん、と俺はなんとなくそれに賛成だった。

「5人なんです」

ひとりは言う。
数学で考えればカンタンな事だって。

「相手がいないと成立しないことだから」



なるほど、確かにそうかもしれん。
ただその瞬間、眼からウロコは三分の一ぐらいしか落ちなかった。
それは、あまりにも答えが単純だったってことではなくて
「ほんまにそうか??」と、少し疑ってたから。
理解するのに時間がかかったからだ。

「だから、女の人も男と同じぐらい遊んでるってことなんだよ!!」

泣き顔で叫ぶ、劇団ひとり得意のツッコミだった。
テーマは「ズルい女」だったので、それにそったナイスなトークだった。



ただ、どうにも気になった俺はテレビにはもう目もくれず
紙とペンをそっこー用意して、図を書いてみた。
こんな図だ。


 男     女


 A     A

 B     B

 C     C

 D     D

 E     E


世の中に男と女が5人ずつしかいないと仮定した時の図。
かなり無理はある。
加えて、わかりやすくするために極端な例を想像した。

男のAは、女のA、B、C、D、E全員と関係を持っていた遊び人。
男のB、Cは、それぞれ女のB、Cとだけ関係を持った。
男のD、Eは、結局どの女性とも関係を持たなかった。

計算すればすぐに答えは出た。

男のAの経験人数が5人、
以下B、Cがそれぞれ1人ずつ、
D、Eが0人なので、合計すると7人。
それを人数で割れば平均は7分の5。
1人あたり1.4人の平均値となる。
まったく経験もないのに死んでいったDとEにはいい迷惑だが、
遊び人Aのために、平均人数は男の人数を超えることになってしまった。
結果、「やっぱ男はちょっと遊んでる」みたいになった。

じゃあ、女の方を見てみよう。

女のA、B、C、D、Eは1人の男Aとしか関係を持ってないが
総経験人数から割らなければいけないので、ここで当然5人となる。
B、Cは、まあ男Aとの関係の前後は別として、
男B、Cとも関係を持っていたのでそれぞれ1人ずつで合わせて2人。
やっぱり結果は7分の5となって、平均は1.4人。

同じだ。
「女もやっぱちょっと遊んでる」みたいになった。


ま、ちょっと考えればわかることではあったけど、
ちっちゃい頃から図にしないと考えられない俺は、これでかなりスッキリした。
ただ、これはあくまでも数字の上での話だし、
何より「平均値」なんていうあいまいな論理を持ち出してるので
もちろんそのまますぐにイコールになるとは思ってなかった。
実際、男Aのようなヒドイやつは女の方にはいないし、
感情が複雑に絡んでくる「遊んでる度合い」なんて、数字にできるはずもない。



ただ、男Aを中心に考えたこの図。
それ以外にふと眼をやると、ちょっとおもしろかった。


男のB、Cは生涯に1人の女性としか経験がない。
D、Eにいたっては一生、女性を知ることはなかった。
女は全員、男を知っている。
B、Cに関しては2人の男性経験を持つ。


「事実」を並べただけ。
でもなんか、逆に男がちょっとかわいそうに思えてきたりもした。
もちろん、男Aを度外視してるので当たり前なんやけど、
「平均」とはそういうものかと、
「数字」というのはやっぱ以外に恐いなと、改めて思った。






「数字」で表す「平均」が、もし「事実」だとするなら、
それによって見えることは以外と多いのかもしれない。
でも、見えないものを見ようとして望遠鏡をのぞきこむ勇気みたいなものは、
大人になると勝手に失われていくような気もする。


大好きなダウンタウンの番組を途中ですっとばしてまで
わけのわからん図を、必死になって書いていた。
そんな秋の夜長。


月は、そこそこ丸い。



                                      かしこ


次元

月末になると必ず買うものがあります。
「月刊テレビジョン」。

でもこれ売れてんのかな??
2週間ぐらい先になるともう、ゴールデンタイムのところは
「都合により番組は未定です」とかばっか書いてるし。
後半になるともうガラガラですよ。空白とかあるもん。
自分で書け、っていう意図ならそれはそれでおもろいけどさ。
ま、ほんまに番組を知りたい人にはあんま意味ないんちゃうかなあ、
関西ウォーカーとかにも載ってんでしょ??番組表。
そっちの方がお得やんね。

でも俺の場合はそれでも充分事足りるわけです。
ナイターを中継する局がわかればそれでいいんやから。
ビデオに撮るためね。ビデオ。


ナイターをビデオに撮り始めてからはや10年。
もうプロですね。職人級。
「今日は8チャンっぽい」とかありえへん。
そう。例えば番組表がなくて、中継局がわからん時でも、
球場、対戦相手、前回までの中継局、とかから
ある程度の予想ができたりするんです。キモい。
で、番組表も見ずに調子のってると
たまに全然関係ない番組を撮ってたりもするんです。
2時間24分ね。

この前、家に帰ってきて
あー疲れたなー、なんて思いながら
ビデオ巻き戻して、たまにはアイスなんかもいいじゃん
ってな感じで勇んで再生ボタンを押して、
その時ゆっくり画面に出てきた文字は
「鳥人間コンテスト」。

琵琶湖。
ずっと琵琶湖見とったわ。わはは。



でも、ちょっと嬉しかった。
懐かしかったというか。
ちっちゃい頃はよく見てたもんね。
楽しみやった、毎年。
「素晴らしい記録が出た模様です!」っていう
女の人のアナウンスにドキドキしながら
家族でテレビに見入ってた記憶がある。
主翼、水平尾翼、垂直尾翼なんて言葉もその頃覚えた。
影響されて、紙ヒコーキの自由研究をかなりマジでやって
なんかの代表になったな。たしか。



と、まあ感慨にふけりながら結局見てたんやけど、
残念ながら今年は台風の影響で途中で中止になってしまいました。
連覇を狙う去年のチャンピオンも飛べずじまいでした。
日本大学やったかな。
自らの記録を学生に塗り替えられて、
何年かぶりに登場してきたチームも
結局は飛べなかった。悔しそうやった。
オリンピックで出し尽くしたと思われた涙が
また復活しそうな感じでした。
最近だめだな、おりゃ。
年かしら。



っていうかでもね、
すごいんですよ、最近の鳥人間って。
知ってる??何メートル飛んでるか?
考えられへんよ、ありえへんよ、ガリレオ=ガリレイよ。
10年ぶりぐらいに見た俺は度肝ぬかれたね。
だって今現在の最高記録は

34654.10m

ですよ。


ないないないない。ありえへんて。
「まん」とかやめて「まん」とか。
だって、まんですよ、まん。
34km飛んでるって事ですよ。おかしいって。
鳥じゃん。もう完全に。

前見てた時は何百メートル飛んでやったーとかゆうてたのに、
今はもう1万メートル飛ぶチームがごろごろいるんです。
機体もかなり高度化されてて
GPSやったかな、衛星からなんか受信して
自分の機体が今、琵琶湖のどこを飛んでるのかを
パイロットが画面を通して見れるようになってるんです。
当然、それだけ飛ぶということは
かなり長時間のフライトになるわけで、
風向、風速計はもちろん、給水装置なんかも完備してます。
ちなみに、去年その記録を作ったチームは
彦根のゲートから対岸の琵琶湖大橋まで行きました。
すげー。
実はまだまだ飛べたんですが
琵琶湖大橋をくぐるのはとても危険だという
主催者の判断のもと、ルール上やむなく自ら着水しました。
それを受けて、今年はルールが改正。
折り返し地点を設けて、最高で50キロの距離を飛べるようになりました。
結局中止にはなったけど、もしスタートできていたなら
そのチームは飛んでいたような気がします。

そんな距離、飛べない鳥だってきっといるよ。





そういえば
鳥人間コンテストが始まったのって
いつなんだろう??
自分の記憶では、少なくとも15年は前だと思う。

でもたかが15年。
当時これを企画した人は、対岸を折り返して
こっちに向かってくる飛行機なんて想像もしてなかったろう。
琵琶湖をはみ出るほど飛ぶやつらなんて
いるわけないと思ってたに違いない。
みんなもそう思った。だから琵琶湖で充分だった。
でも15年でそれは成った。
わずか15年で、人間の勝手な限界は超えられるって事だ。



江戸時代の人から見れば
携帯電話はほとんど魔法に近い。
線も糸もないのに、何百キロも離れた人と話ができるのだ。
超能力に見えるだろう。神の使い手と思うかもしれない。
それでもまだ400年。一瞬だ。
自分が今、想像すらできない何かおもしろいものを
未来の人が持ってると思うだけでドキドキする。
ぱっと思いつくとこで言えば、
例えばタイムマシンとか。

今思う不可能なんて、いつか誰かが
きっと簡単に越える。






「あきらめたらそこで試合終了ですよ」

安西先生の言葉が
やけに心に染みる夏の一日。

なんだか悪くない。



                       かしこ




「平成21年の05月25日まで有効」


運転免許の更新に行くと、
そこにはとてつもない未来の数字が刻まれている。
少なくともその時はそう思えるような、
想像できない平成の数字。

「21年??いつやそれ。えーっと、だいぶ先やなー、
 その頃何してんやろな、俺。でもじゃあ
 もうしばらくはここへは来なくてもええんやなあ。」

わけのわからん授業。
ちょっと真剣に見ちゃう映画風事故フィルム。
隣に座った人と、家が近いという理由で意気投合。
そんなんを終えて、
夕暮れの免許試験場を出る時にいつも思う。

次に撮る写真は、ちゃんと写ろう。






夏に来てたTシャツをたたんだ。


一枚だけで着るTシャツは当然、お気に入りだ。
一軍だ。
寝る時にパジャマ代わりに着ることも、
ちょっと肌寒くなってきたのでトレーナーの下にインナーとして着ることも、ない。
となると当然こいつらは来年の夏まで寝ることになる。
クローゼットの奥で。
次に俺に起こされるのは
当たり前のように、1年後だ。

今年から入った新人はちょっと不安げやけど、
10年着込んだベテランは落ち着いたもん。
さすがに年の功、1年の使い方をよく知っている。


「腹が出る心配はなさそうやけど、さすがにちょっとおっさんになってるんかなあ、
 次、着る時は。」






曲を描き始める。


イントロ、Aメロから順にできていくってことは、
俺に関して言えば実はほとんどない。
すべてのメロディーが一気に全部出てくるなんてことも、ない。
一番最初に生まれた4小節が、サビなのか、Bメロなのか、
実際いいのかどうか、そんなこともわからない。

でもその瞬間、何かが始まってはいる。
その最終形が、数分後にわかるのか、数日後なのか、数年後なのかも
わからないけど、始まってはいる。


「人生は旅」かもしれないが、メロディー作りもそうだ。

4小節から始まった旅は、近所のコンビニの往復ぐらいかもしれないし、
ピクニックぐらいかもしれないし、
飛行機を使うような長旅になるかもしれない。
たまには、まったくまわりの見えない深夜の海のど真ん中で、
ようやく岸にたどり着いたら、自宅に戻っただけだった
なんてのもある。


近いか遠いかわからないけど、ちっちゃい未来の始まりではある。







「はーい、じゃあ撮りまーーす。」

次回免許更新の写真を撮るために椅子に座ってる自分。


「去年の方がまだ暑かったなあ。」

来年の夏。


「やばい、めっちゃええ曲できた。」

曲が完成した時。



近かろうが遠かろうが
未来を想像すると、生きていきやすい。
俺の、ガソリンかもしれない。

いつか自分が大金持ちになって、
タイムマシンを作れるようになったとしても、
オーダーはきっと、過去専用だ。



わかったらつまんないことって、いっパイアール。



 
                           かしこ



BGM:「THE CAD」 by Ray WONDER



ヒトリブン

長袖ジャージを羽織ってきたのは軽く失敗だった。

男にしてはだいぶ長い襟足がうっとおしいほどかかる首筋に
じっとり汗を感じるぐらいの秋の陽気の中、
明大前で井の頭線が来るのを待っていた。

それにしてもこの電車はいつも混む。
自分が、並んでいる列の12番目ぐらいである事を考えると
今回もその混雑からは免れそうにない。
長袖ジャージの失敗がまた、加速度を増す。



電車に乗るとやはり、混んでいた。

運良く、冷房がさらりとあたる場所だったため
暑苦しさからはだいぶ逃れられたが
まあどこかしら周りの人とは体が触れている感じ。
動けるスペースなんてほとんどない。
前の人の登山級のリュックが少し息苦しかったが
普段、鍵盤を持ち歩いている俺の迷惑度なんてこんなもんじゃない。
むしろこの状況で文庫本を広げる隣のおにーさんに、
ちょっと東京を感じていた。

ふと、一番端の席に座る女性と目が合った。
キレイな人なのは一瞬でわかった。



各駅停車なので次の駅で止まる。
誰か降りねーかなとは思ってたが、そんな都合のいい事など起こるはずもなく
やはりむしろ乗ってきた。
2,3人ではあったが、車内密度は当然また上がる。
その中の一人におじいちゃんがいた。
いや、正確にはおじいちゃんではないのかもしれないが、
外見的には65歳はゆうに越えてるであろう男の人だった。

一番端、つまり乗降扉に一番近い場所に座っていたその女性は
いち早くそのおじいちゃんに気付き、
「どうぞ」という声とともに席を立った。


自分も何回か席を譲ったことがあるのでわかるが、
こういうのは「どうぞ」という声をかけるだけでは成立しない。
たいていの人が遠慮するからだ。
本当に譲る意思があるなら、まず席を立つ。
そういう意味でこの女性の行動は正しいと思った。





ただ、そのおじいちゃんは断った。



本来ならそのおじいちゃんのいたスペースに移動しようと思ってたその女性は
実に行き場がなく、だいぶ窮屈な状態でつり革を握ることになってしまった。
プシューという扉が閉まる音とともに
その半径1mが妙にきょとんとした空気の中、電車は走り出した。

席は1つ、空いたまま。





どっちも悪くない。
その女性も、おじいちゃんも。

お年寄りが来たので席を譲ろうとして、
最初は断られたけど、またいつか座るかもしれないと立ち続けたその女性はもちろん、
せっかくの好意とはいえ、それを受け入れなかったおじいちゃんだって、
悪くはない。

もしかしたら足腰を鍛えているのかもしれないし、
まあそうじゃないとしても席に座るか座らないかなんてのは
その人の自由。
「せっかく譲ってもらったんだから意地張らないで座ればいいのにねえ」
なんてのはかなり上からものを見た意見だと俺は思う。
「お年寄り」=「みんな座りたい」とは限らない。
まあ実際ほとんどがそうかもしれないが、中にはきっと違う人もいる。
その理由が例え「意地」だったとしても
それをどうこう言う権利なんて、ない。



結局、プラス一人分の混雑を招いただけになってしまった
その女性のなんともいえない表情が、印象的だった。

いかんともしがたい一人分の空席を乗せながら
電車は渋谷駅へと向かう。





確かにあのおじいちゃんが座れば、
あの女性にとっても、そのまわりの人にとっても、俺にとっても
きっとベストエンディングだった事には変わりはない。
ただその、みんなが望むベストエンディングを
本人も望んでいるとは限らないんだ。
難しいもんだなあ。



渋谷駅に着く。

今度自分が譲る時がきたらどうしよう、
いや、いつか自分が譲られる時がきたらどうしようか、なんて考えてはみたが、
明日の事もわからないのに
40年後の事なんてわかるわけねーか、と早々にあきらめて
足早に改札へ向かった。

人でごった返すこの駅に、空想する時間なんてない。






「まもなく発車です」

対面の満員電車が、またホームを出て行く。



                      かしこ



赤+青=白

やっぱり、この色が好きなんだよなあ。

トリコロールとか言うんかな。
フランスの国旗みたいな感じ、床屋のグルグルな感じ、
赤と青と白。
サンサンで一番最初に作ったCD
「SET」の色。


日記はやっぱり、ここがいいや。





今、朝まで生テレビが咆えている。
たぶん朝まで咆えている。

俺はこの番組が好きだ。
話してる内容はようわからんが、好きだ。
なんとなくこんな話なんかなと予想しながら聞く。
説明書を細かく見るのがもどかしくて
どうなるかわからんけどとりあえずやってみる
あの頃のファミコンに、ちょっと似てる。

「いいゲームは説明書を見なくてもやり方がわかる」

そう言えば誰かが言ってたっけな。





アタマの悪い奴ほど、難しい言葉を使う。
アタマのいい奴ほど、POPな言葉を使う。



人のセンスは、言葉に出る。



                      かしこ



今日のBGM:「リリー」 by ANATAKIKOU


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